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生きていくってこと。。

    

夫の母親が亡くなりました。
98歳でした。(老衰で穏やかに逝ったそうです)

母親が、なんて言い方は、おかしいと思いますが、夫が10歳のとき、
別れた人だったんです。

いろいろ、ふか~い事情がありまして、終戦後、母親は再婚するとき、
子供が3人いたので、3人とも連れて再婚したのですが、
長男である夫は10歳、弟と妹はまだ赤ちゃんに近い年頃。

再婚相手は、物心ついている長男を嫌ったので、
母親は下の2人だけを連れて再婚。
長男は親戚へ。

ここが人生の別れ道だったのですね。

お互い年をしたら、きょうだい皆行き来できるようにするから、
という母親の言葉に願いを託して、夫は生きてきたようですが、
その約束は果たせませんでした。

終戦後の時代、3人の子連れの女が一人で生きていくことは、
出来なかったのでしょう。

私が夫に、小説一冊書けるんじゃないの?と、いうと、
そうだなァ、なんて言ってます。(^^;)

長いこと施設にいた母親、近くに住む娘のお世話になっていました。
気が強く、男にも負けない、というくらいの気性の激しい人でした。

母親がまだ若かったころ、私も散々お小言を言われ続けました。


人を困らせない、人の人生を狂わせない、
単純かもしれませんが、こんなことが生きていく基本のひとつに
入るのかなァ~なんて思っています。^_^;




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 [ 2018/02/10 17:17 ]  気まぐれ日記 | TB(-) | コメント(6)
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戦中、戦後を生きてきた女性は今の女性とは
比較にならない、根性の座った心根と思います。
私の実家の母もそうでした。

ハナコさんのご主人も、お母さんと一緒に生きたかったでしょうに。
お母さんも、辛かったでしょうね。

[ 2018/02/10 18:38 ] [ 編集 ]
戦争とは十分すぎる人の人生を変えたのでしょうね。
ご主人もご主人のお母様もその犠牲者だったと言えますね。

でも今が幸せなんだと思います。ハナコさんもご主人も。
それにしても98歳!
悲しいお葬式ではなく 賑やかなお葬式になったと思います。
[ 2018/02/10 18:40 ] [ 編集 ]
戦争で家が焼けましたその時私は13歳でした
その時の父母どんな苦労したでしょうか
其のころのお母さん一人では生きられず泣く泣くひとり
手放したでしょうね気持ちわかります
優しいお母さんでは生きられなかったと思います
[ 2018/02/10 19:19 ] [ 編集 ]
風香さんへ

戦中、戦後生き抜いてきた女性、私たち戦後生まれは、
理解が難しいことも多々ありますねぇ。
風香さんのお母様もご苦労を乗り越えてきたんですね。

夫もきょうだい3人と母親と一緒に暮らすことを、ず~ッと夢見てきましたが
ダメでした。

ありがとうございました。


[ 2018/02/11 15:38 ] [ 編集 ]
たまさんへ

戦争で人生を変えられた人のお話しはよく聞きますよね。
いつまでも引きずってはいけないのでしようけど、
人の心の中には、幼い頃の母親の姿がしっかり残っているようです。

でも、98歳で老衰となれば、これでよかったのか、と…。

ありがとうございました。
[ 2018/02/11 15:46 ] [ 編集 ]
喜美さんへ

13歳といえば、もう記憶に残っているでしょうねぇ。
いろいろご苦労があったのですね。

母親が泣く泣く手放したとしても、手放された子供は
一生母親を憎むこともあるかもしれません。

でも、それは憎んではいけないんですよね。
実の母親でもご縁が薄かったのでしようねぇ。
そう思うしかありませんでした。

ありがとうございました。
[ 2018/02/11 15:54 ] [ 編集 ]
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