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老犬との暮らし

2014.01.14(15:44) 4

ハナコ・・・・・柴犬・メス
生まれた日・・・・・・・昭和59年1月元旦
天国へ逝った日・・・平成13年1月17日(17歳と17日)
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あんなに元気だったハナコが痴呆になるとは思いませんでした。
亡くなる1年ほど前から、観察日記のようなものを書いていましたが、
あまり長くなるので、要約してここに載せてみました。
愛犬家の皆様に読んでいただいたら、うれしいです。

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 老犬との暮らし 
   ――神様はどこにいるの―

hanako



日に日にハナコの痴呆の症状はひどくなっていった。

ハナコ、柴犬小型、雌、17歳、人間でいうと80歳から90歳に近いらしい。

若かりし頃は、病気らしい病気もしたことがなく、クルッと巻いた尻尾をフリフリさせ、

小太りの身体で、女の子のクセに恥かしげもなく肛門をピッと見せて、

さっそうと歩いていた。

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 今は、おむつをやり〝あったかマット〟(ペット用ヒーター)の上で、

食べる以外はほとんど寝たきりの生活をしている。



「食べる」というより「むさぼる」と、いったほうがいいかもしれない。

舌を使うこともできないらしく、顔中缶詰だらけにして食べている。

それに不思議なことに水を飲むこともない。

実はもう二ヶ月も前から、獣医さんに安楽死を薦められていた。

でも私はどうしても納得できなかった。

腰の肉は削げ落ち、背骨がボコボコと手に痛く胸のあばら骨も手に直接伝わってくる。

排泄のコントロールもできず、五感もほとんど機能していない。

見るからに「可哀相」な姿になっているが、それは人間の目に映る姿であって

ハナコにしてみればごく自然のありのままの姿だ。

そんな姿でも冬の陽だまりの中、日向ぼっこをしている顔を覗くと

安らかで思わず微笑んでしまう。

どんな姿でもいい、私は生きていて貰いたかった。

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昼と夜がほぼ逆になり、夜は10時頃から悲鳴に似た甲高い声をたて

始めるので近所からの苦情を心配して、眠りに就くまで抱っこしている。

やがてスースーと微かな寝息が私の胸元から聞こえてくると、

そ―っと〝あったかマット〟の上に寝かせるが、すばやく目を覚まし「ヴォ」と鳴く。

しばらくトントンと身体を軽くたたいて眠るまで待つ。

そしてやっと私も床につくが、またあの胸を締め付けられるような悲鳴で

ビクッとして起きあがり、玄関のハナコのもとへ行ってみる。

ここ2 ヶ月位、私はパジャマを着て寝たことがない。

セーターにタイツいつでもすぐ起きることができる体勢でいた。

ケージから出すとすぐに鳴き止み、ヨタヨタと狭い玄関の中を徘徊する。

崩れそうな身体で2、3歩、歩いては倒れ、倒れては鳴き、また抱き起こしてやると

ヨロヨロと歩き始める。

まるで何かに操られているようだった。

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(これはいけない、ハナコの意志で動いているのではない。

もう逝かせなくてはいけないのだ……)と、

私の頭のどこかにふっと感じるものがあった。

神様はなぜ、弱りきっている老犬にこのような行動をさせるのだろうか

なぜ静かな眠りを与えて下さらないのだろうか。

神様はどこにいるのだろうか。

疲れきってその場に崩れるように横になるとすぐに〝あったかマット〟の上に乗せる。

すると溶けたお餅のようにグッタリと眠りにつく。

これまでに鎮静剤も試みたがあまり効果はなかった。

せめてゆっくり寝てもらいたい……そして私も眠りたい。

このままでは私の身体も疲れきってしまう。

 夕方一番星が南西の空に輝き始める頃、抱っこしているハナコの顔を

お星様のほうに無理やり向け「もうすぐあのお星様のところへいくのよ

それまでママといようね」と毎日話しかけていた。

ジィーと星を見つめるような乳白色の目は、柔らかく優しかった。

 花が咲き、花が散るように、自然体のままがいいと願っていた。

 年老いてなお可愛い……。

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腕の中にいるハナコの顔を見ると疲れも忘れる。

 注射は鎮静剤より強いと聞いていたので、ある日さっそく獣医さんに

相談して試してみることになった。

その日、私はバスタオルにハナコを包み助手席に寝かせた。

いつものように鳴き出すには早い時間なのに「ヴォ~」と弱々しく声を出している。

「どうしたの? もうすぐグッスリ眠れるからね、頑張ろうね」

そう言いながらハンドルを握った。
 
やがて診察台の上にハナコは静かに横たわった。

「体温がかなり低くなっていますねぇ、普通、犬の体温は人間より高くて

38度5分以上なんですが、35度ちょっとしかないですねぇ、

じゃあ注射します。それで様子をみてください」

獣医さんは言った。

2分も経たなかったように思う。ハナコはすぐグッタリして口を少し開け、

まるで死んだように眠った。

あまりいい顔とは思えなかった。

 家に帰り、今夜はぐっすり寝ることができると私も布団に潜りこんだ。

すると、夜11時近くあの声が聞こえた。

不思議に思って行って見ると、口を大きく開け舌をくねらせて

苦しそうに顔を歪ませていた。

(私は間違ったことをしてしまったのではないだろうか……)

涙があふれ出た。声を呑んで泣いた。

そして、深い後悔と共に自分の心を恥じた。

動物は何も言わない。恨みも愚痴も。

 苦しそうな顔が、結局、朝まで続いてしまった。

(こんなことをしてはいけない……ハナコを苦しめている……)

頭のどこかにまた感じるものがあった。

 再び獣医さんに電話をした。

「そう……、そんな状態でしたか……。そうですねぇ、元気な犬が

病気を治したり、手術をするために打つ注射はいいかもしれないが

身体の弱っている老犬に注射をすることは罪なことかもしれませんねぇ」

「……先生……お願いします……」

「今日、連れてきますか?それともそちらに行きますか?」

「いえ、一日だけお別れの時間をください。明日連れて行きます」

 先生と私は、言葉にしなくても、もう既に充分お互いの気持ちは

わかっていた。

 その日、暖かい居間で、一日中ハナコの側から離れることなく

お別れのおしゃべりをした。

楽しかった想い出のおしゃべりをしながら私はダンボール箱にピンクの

花柄の布をきれいに張り、ピンクの手編みのストールを箱の中に入れて

明日の準備をした。
 
お別れの日、居間に寝かせたおむつ姿のハナコの白茶の毛に

そっと手を触れると、微かな震えが伝わった。

生まれたばかりの子犬の弱々しさのようだった。

 まず、いつものように缶詰をたっぷりと食べてもらった。

お腹が空くといけないので思う存分食べてもらった。  

 そして、新しいおむつに替え、ピンクのバスタオルに包みハナコを抱いた。

 ヨタヨタと歩いていた庭、ハウス、日向ぼっこをしていた大好きな玄関、

そしてケージと〝あったかマット〟に最期のお別れをしてもらった。

一番星の出ていた南西の空に向かって、

「今は朝だから、お星様が見えないけど、今日いよいよあそこにいくことになったのョ」

と話しかけた。

すっぽりとタオルに身体をうずめて、私の腕の中にいるハナコは

朝の寒さで鳴くのか、それともそのひとつひとつに応えてくれているのか、

弱々しく「ヴォ~、ヴォ~」と鳴いていた。

 夫の運転で私はそのまま助手席に乗った。

やがてハナコは、私の腕の中で身体が温まったのか

安心しきったようにグッスリと寝入ってしまった。

 診察台が目の前に迫った。

タオルに包んだままそ―っと置いた。

いつも寝ついてからケージの中に入れるときすばやく目を覚ますのに

今は深く眠っているのかまったく目を覚ます気配がなく、

安らかな寝顔で横たわっている。

「じゃ、眠らせます……」白衣の先生は注射器を持ったまま言った。

「……・・・・・・」(先生、もう眠っているんだけど…)

 ハナコに何の変化もなかった。

次に、「いいですね」と、先生は最後の確認をした。

「はい……」夫と私は同時に答えた。

 何秒も経たなかったように思う。

(ありがとう、ありがとう)心の中でつぶやきながら、

ハナコの様子を目を凝らして見ていたら、少し曲げていた前足が、

ほんのわずか、しなやかに延びた。

―――それで終わった―――。

顔は私の腕の中にいたときとまったく変わりなく

というより、あの日向ぼっこをしていたときの安らかで

あったかで、柔らかい顔が目の前にあった。

(あっ、神様はいた……)ふっと心をかすめるものがあった。

眠ってもらうために注射をしたときのあの顔を想像していた

私は言葉では表現できないくらいの、やさしさに溢れたその顔に

自分でもびっくりしていた。

 老犬との暮らしの中、私は何かをふっと心に感じることが何回かあった。

それはきっと直感とか、心の声とか、何か命の源からの声では

なかったかと、今、思う。

(あっ、神様はいた!)という心の声を感じたとき、

今までの不安や苦しみ哀しみは、ウソのように消え、

ハナコは天国へ逝った、幸せだった、という

大きな喜びに似たものが、私を包んだことを、今でもはっきりと憶えている。

ペットたちからのメッセージに心を傾けることができるのは飼い主しかいない。

そして、いつも相談にのっていただいた獣医さんには

感謝の気持でいっぱいだ。

 DOG……逆さにするとGOD……。

17年間、一緒に暮らしたことの喜びを私たちに与え続けて

ハナコはGODになった。

この体験を通して思うこと
忘れていた言葉を思い出しました。

「安楽死は動物が怒りますよ」という言葉。

 動物が怒る死は、人間の都合で行なう安楽死の事だと思います。

 「人事を尽くして天命を待つ」と言いますが、ペットに関して飼い主が

最大限にすることをやって迎える死とは、

何の悔いも残らないといっても過言ではないかと思います。

 気持ちの中に悔いがないということが一番大切のように思います。

 私の心に悔いが残るとすれば、眠ってもらいたいばかりに打ってしまった

あの注射です。

 その注射によって、安らかな眠りにつくことができたなら、

それはハナコにとっても私にとっても良いことだったでしょうけど・・・・・

 人はいろいろなことを言います。例えば「そういう鳴きかたは

きっと腫瘍ができているからだ」とか

「動物の骨は早く土に還すべきだ」とか、

いろいろ・・・・・

 参考にすることはあっても、それに惑わされないほうがいいように

思います。
 
鎮痛剤にしても、効き方は犬種によっても異なるし、

体格によっても異なるし、まして老犬ともなると弱り方に

よっても違ってくるようです。

 老化に共なっておこる病気はたくさんありますが、痴呆は生活の

リズムが狂い、食欲が異常に増して、いくら食べてもすぐに欲しがり、

排便、排尿がわからなくなります。

 そんな中で、80歳か90歳に近い老犬の、口臭がきついのは、

歯石がひどいからとか、いくら食べても痩せるのは糖尿病だとか、

一つひとつの病名を教えていただいたとしても、

飼い主の苦しみが増すばかりです。

 何より大切なことは、飼い主とペットの絆から

ふっと頭に浮かぶこと、直感といってもいいし、

心の声といってもいい、もしかしたらペットからのメッセージといってもいい、この声にジッと耳を傾けて、信じるとき、陰りはなくなるように思います。

 生き物は死を迎えると器物として大自然に還っていく、

これは大自然の掟でしょう。

 野生動物はこの掟の中で生きていますが、人間の愛玩動物として

のペットはこの掟の中に生きることはできなくなってしまったのです。

 だから、人間が最期まで責任を持たなくてはならないのです。

飼い主とペットの愛情が真摯にものであれば、ペットたちは

すべてを許してくれるのではないでしょうか。

 信頼できる獣医さんと話し合い、相談ができることも、

とても心強いことのひとつです。

 人間を無条件で信頼し、心の安らぎを与えてくれるかわいい

ペットたちからのメッセージに心を傾けることができるのは

飼い主だけでしょう。

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最後まで読んでいただいて、どうもありがとうございました


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  1. 老犬との暮らし(01/14)